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オウム事件と死刑  

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01東京拘置所
東京拘置所


 オウム真理教による一連の事件の裁判が今年1月に終結した。
死者13名(司法の認定は12名、オウム被害者救済法の対象者として翌日の死亡者1名を加える)、負傷者は概数6300名という1995年3月の地下鉄サリン事件をはじめ、長期にわたる多数の死者、被害者を出した大事件だが、その真相はまだ完全には明らかになっていないとも言われる。

 1989年の坂本弁護士一家殺人事件、94年には死者七人を出した松本サリン事件があり、脱会信者の殺害も含めて30件近く様々な事件が続いており、地下鉄サリン事件の前にサリンの存在を把握していたと言われている捜査の実態がどうだったのか、地下鉄でサリンを使う前に踏み込めなかったのかという疑問も残る。マスコミは一切触れないが、実はそれが事件の最も深部の「真相」かもしれない。

 オウム事件は日本の社会のあり方も変えた。残存するオウム関係者への排除だけでなく、異質なものを排除して内部を同質化しようとする地域コミュニティや様々な集団の内圧が強くなった。

 最も直接的に影響を受けているのが、90年代には実現一歩手前であった死刑廃止運動だろう。「あのような事件の首謀者でも死刑にしないのか」という言辞は死刑廃止派に対する大きな障壁となっているようだ。然し「〇〇でも死刑にしないのか」という言い方は、常にあったし、どのような事件でも殺された側の怒り、悲しみに違いはないはずなのだ。

 英国では、1950年に前年の事件で処刑された人物が無実だったと判明したことがきっかけとなって死刑廃止論が高まり、1969年の死刑廃止につながった。
 「冤罪の問題は死刑制度とは別問題だ」というのは詭弁に過ぎない。絶対に冤罪を出さないような捜査や裁判はありえない。とりわけ死刑がかかっている場合は、真実の自白をとることがより困難なだけ、捜査に予断が加わるだろう。冤罪で死刑になる人を絶対に出さない為には死刑廃止しかない。つまり英国は、凶悪犯を死刑にすることよりも、無実で死刑になる人を絶対に出さないことを優先させたのだ。
 どちらを選ぶのか。これは究極には「どのような社会を選ぶのか」という問題ではないか。

 日本の死刑に関する世論調査は、単純に「死刑に賛成か、反対か」とは問わず、「どんな場合でも死刑に反対か」「場合によっては死刑もやむをえないか」という訊きかただった。こういう「誘導」の積み重ねはあるが、結果として八割が「凶悪犯には死刑」「結果として無実の死刑が出てもやむをえない」ということである。今の日本はそういう社会なのだ。
 排外意識で結束する社会は、自分に背を向けた社会に報復し敵対する殺人者をさらに生むだろう。悪循環の先には何が待っているかは、容易に予測できる現状でありはしないか。


4 Comments

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Piichan  

オウム真理教事件以降、犯罪被害者の権利拡充の動きが高まり、先日解散した全国犯罪被害者の会のように厳罰化による犯罪被害者救済を目指す勢力が支配的になりましたが、いわゆる人権派は表立って異論を唱えることに消極的だったような気がします。光市母子殺害事件で弁護団が非難されていたのを見ればなんとなくわかりますが。

厳罰化にはどのような政治的思惑があったのか検証が待たれます。

2018/06/10 (Sun) 12:04 | EDIT | REPLY |   
武田和夫

武田和夫  

To Piichanさん

犯罪被害者からの救済拡充を求める動きは1970年代後半あたりから活発化していた(それまでは本当に放置されていた)のですが、日本では警察との結びつきが強く、「厳罰化」を求める傾向が強いものとなっています。
 永山則夫は、被害者救済の拡充を支持しつつ、「犯罪者救済と同時にすすめないとファシズムになる」と警告していました。
 「厳罰化」は社会をより生きづらいものにし、社会総体に敵対する無差別殺人を増やす結果になるのではないかと思います。
 私は、被害者と加害者が向き合う修復的司法の導入などによる「犯罪」へのアプローチの変革、裁判制度の改革が必要ではないかと思っています。

2018/06/12 (Tue) 15:47 | EDIT | REPLY |   

Piichan  

To 武田和夫さん

東京高裁が袴田事件の再審を取り消しましたが、あんな微妙な証拠で死刑判決になったことに多くの人が恐怖を感じたのはまちがいないでしょう。いまや裁判員制度で市民も有罪無罪であるかを判断しなくてはいけない立場となったので、大手メディアは死刑制度をきちんと検証しなければいけません。

2018/06/15 (Fri) 07:15 | EDIT | REPLY |   
武田和夫

武田和夫  

To Piichanさん

そうですね。免田栄氏が再審無罪となった1983年以降、6年間に4件の死刑再審無罪が続いたことは、死刑廃止への関心を高める力の一つとなったと思います。そして89年11月から3年4か月、死刑執行が止まりました。しかしその後、反動攻勢が強まり、死刑再審の門もさらに固く閉ざされ、9度の再審請求をことごとく棄却された名張毒ぶどう酒事件の死刑囚奥西勝氏は確定後43年、獄中で死去。そしてこれらは「氷山の一角」と言っていいと思います。メディアは、捜査段階での実名公表や予断に基く報道などで冤罪に手を貸している現実も省みる必要があります。

2018/06/16 (Sat) 13:50 | EDIT | REPLY |   

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