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「共謀罪」と死刑廃止

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02東京拘置所
東京拘置所


 日本の人権状況に関する国連特別報告者からの懸念の声が相次いでいる。
 メディアの独立性に「懸念」を示したデービッド・ケイ氏の「対日調査報告書」に続いて、プライバシー権に関する特別報告者のジョゼフ・ケナタッチ氏が、「共謀罪」法案について「恣意的な運用の危険がある」などとする書簡を安倍首相に送った。これらの問題は、私たち自身が「特定秘密保護法」や安保関連法の採決、あるいは閣議による集団的自衛権合憲解釈など、このかんの「アベ政治」の動きや、政府の御用新聞と化した一部のマスコミの動きの中でひしひしと感じていることにもつながるが、これに対して政府は、「著しくバランスを欠き」とか、「国連の総意を反映するものでない」などといった内容のない感情的な反発を繰返すだけで、正面から受け止めようとしていない。

 この国の人権状況に関する国連機関からのコメントに対するこのような頑迷な日本政府の対応は、実は今に始まったことではなく、国連人権委員会による死刑制度の廃止に向けた勧告に対して、日本政府・法務省はここ30年、一貫して同様の拒絶反応を繰返してきたのである。戦後の保守政治を支えたのは、こうした「バランス感覚」を持ち現状維持に徹する官僚群だった。この官僚と保守政治家は利権でつながり、自分たちの支配秩序を覆そうとする対抗勢力が政権に近づくたびにスキャンダルを用意してこれを排除してきた。今回のアベ政府の「著しく国際感覚を欠き」「国連の任命を受けた特別報告者の勧告に耳を貸さない」態度は、戦後の官僚主導の保守政治が培った一国中心主義、排外主義の表われといっていいだろう。

 ただ今までとの違いは、官僚人事を内閣人事局が握ったアベ政府が官僚に対する支配力を強め、国会運営だけでなく様々な行政の分野で「独走・暴走」を始めていることだ。森友学園問題、加計学園問題などのあられもない事態は、そうした暴走が生んだ体制の「軋み」だといえるだろう。官僚を旨く使いこなしてきたかつての政治家を、今のアベ政治と比較してなつかしがる言論も一部にあるが、そういう問題ではあるまい。「優秀な」官僚群が主導する政治で溜まった膿が、劣悪なアベ一族の政治で弾け散っている。やはりこれは由々しき事態ではないか。

 死刑廃止運動は30年前から、このような日本国家の構造的問題と真っ向から対峙してきた。それは我が国の頑迷な「死刑存置」の姿勢が示すこの国の人間観、戦争の反省に基く国連の「人権宣言」への無理解を告発し、戦後日本の、経済優先のいびつな発展をも見直す真に人間的な国づくりに向けた、根底的な問題提起でもあったと思う。
 今、この状況の中で死刑廃止運動の使命は何だろうか。政権交替がなければ死刑廃止は難しい。然しではどのような政権をめざすのか。そこに死刑廃止運動が提起できるものは大きいという気がする。【2017年6月記・一部加筆】


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