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(その2)死刑制度、そして憲法~何が憲法を守ったか 憲法は何を守ったか~

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01国会議事堂
国会議事堂


(その1)から続く

II.憲法の成立過程を検証する


 憲法を論じるに当たって、「押し付け憲法」だとよく言われ、その反論も含めて成立過程を問題にすることが多いので、もう少しそこを、事実を踏まえて考えてみたいと思います。

 まず、芦田政権のときに、憲法問題調査委員会(松本委員会)によって「憲法改正要綱」をつくりますが、これをGHQが拒否して「GHQ草案」をつくりこれに基いて作り直させた。これが「押し付け」だという一つの根拠になっていますが、このときにGHQが一番こだわったのは、天皇主権を国民主権に移すことでした。日本政府がどうしても「天皇の大権」ということを消せなかったので、GHQが「国民主権」だということを押し付けた。だから文句があるんだったら天皇主権に戻せばいいんです。それはもうできないですよね。

 紛れもない事実は、戦争に負けて、ポツダム宣言を日本が受け入れたということです。【ポツダム宣言(口語訳)を当日配布資料の裏側に掲載】降参しろという文章ですから、かなり内容はきつく書かれていますが、「日本国政府は日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障害を除去すべきだ。言論、宗教、思想の自由、ならびに基本的人権の尊重は確立されなければならない。」「日本国国民の自由に表明された意思に従って平和的な傾向を有し、かつ、責任ある政府が樹立された場合には、連合国の占領軍はただちに日本国より撤収する」とはっきりと、民主主義と平和主義を謳っています。これをうけて、憲法つくりが始まっているわけです。

 では九条の問題はどうだったのかというと、この時は軍隊は解体されていて日本には軍隊はなかった。政府側の委員会でも、明治憲法の軍隊条項を全部削ってしまうか、自衛権は認められるだろうから部分的に残すかとそういう議論をやっていて、マッカーサー・ノートは「自衛のための軍隊も否定される」という内容でしたが、GHQは、自衛権は認めるという立場で、マッカーサーのその部分は採用していない。ですから憲法九条は、見方によっては自衛のための軍隊は持てるという解釈も可能なんですが、草案が国会審議にかかったときに、当時の首相吉田茂は自衛のための戦力も認められないという解釈をとった。これは結果的には正解だったんじゃないかと思います。もしここで自衛戦争は認められているというような解釈を採ったならば、なし崩し的に戦争・軍隊容認に至ったんじゃないかと思う。

  天皇制の問題だけは、新憲法に対する衆議院審理でもなお曖昧さが残っています。金森国務大臣が、「変更されたのは政体であって国体ではない」などと発言している。そういう中で、条文は、主権者たる国民の総意によるとありますが、本当に国民の総意が天皇のあり方を決めてきたのかどうか。ということは国民が、対外的にも対内的にも、責任を持って政治の主体になろうとしたのかどうか、ということを問わなければいけない。

  天皇制を廃止すべきとかを言っているんじゃなくて、制度よりももっと深層にある国民の意識の問題だと思います。例えば、今の天皇は非常に頑張ってよくやっておられますが、そして安倍首相を嫌っておられるようですが、もし天皇という存在がなかったら、今のような状態でアベ政府はもたないと思います。天皇制は、時の政府がどんな失態を演じようが体制が維持される、そういう役割を持っています。


(その3)に続く

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